結婚とはなんですか?

「結婚とは何か?」ということを考えてみたことはありますか。本来は考えてみる必要があると思いますが、「改めて考えてみたことはない」という答えが一般的ではないでしょうか。

婚活される方だけでなく、すでに結婚されている方も考えてみて頂きたいことです。理想は、婚歴の年数分、結婚に対しての知識や理解を持つべきかとは思います。

かく言う筆者自身も偉そうに言えた義理では有りませんが、少なくとも仲人(婚活アドバイザー)としてある程度の知識とそれにともなう実践(経験)は多少ございます。

 

結婚のゴールはどこか

婚活アプリを始め、結婚相談所に入れば、結婚できる可能性はありますが、

結婚は人生の一つの節目で、人生の大きなイベントではありますが、ゴールではありません。

結婚相談所は、「お見合い」「交際」「成婚」のお手伝いをいたします。しかし、それは会員さんのある区間の伴走者にすぎません。仲人(婚活アドバイザー)のゴールは”結婚(成婚)”です。また、一般に結婚することを「ゴールインする」と言ったりします。しかし、長い人生を考えたら、”結婚”は人生の節目にすぎず、1つの通過点です。

「結婚のゴールとは?」はひとつに、一生涯続く、幸せな結婚生活ではないでしょうか。そういう意味で

結婚のゴールは幸せになること!?

という答が1つ出てくると思います。

しかし、何か足りない気がしないでしょうか。「結婚は幸せになること」この理解は、小学生でも持っているように思えます。

話しは変わりますが、残念ながら今の日本は、夫婦の3分の1が離婚する時代です。著者が子供の頃は、親が離婚しているという子はクラスに1人いるかいないかでした。しかし、今や離婚歴のない夫婦の間に育っている子供は珍しい存在ではありません。

離婚率の増加傾向は、日本に限ったことではないので、時代の変化と片付けることもできます。しかし、「個人の幸せ」を考えた時に、「離婚は時代の流れ」とするのはあまりにも短絡的です。

当社は「夫婦は生涯寄り添って欲しい」との立場で、話しを進めます。離婚してしまう、理由の一つに結婚におけるゴール設定が定まっていないように思えます。

具体的なゴールイメージを少し、考えてみたいと思います。

生涯を共に過ごし、喧嘩もするかもしれないけど、必ず仲直りをして、
「おじいさんおばあさんになるまで、共に幸せな人生を送る」
ということに対する強いあこがれと、そうなるための努力をするという、ゴールイメージを持つことが必要かと思います。

著者の経験ですが、家内に対し「もうこの人と一緒にいたくない」と思ったことは何度かあります(家内もそうだと思いますが(汗))。
でも、離婚した友人や知人が反面教師として思い浮かびました。消極的な理由ですが、「きっと後悔する」と思いました。離婚して本当にスッキリする人はいないと思います。離婚された方は、一生残念な思いを引きずって生きることなるイメージが私にはあります。10年以上経ちますが、離婚した友人(男)で「悪い子としたなぁと思う」との言葉が今も私の心に残っています。私は、彼の結婚式に参列したので、もしかしたら私に対する言葉でも合ったのかもしれないと思っています。

写真のような「仲の良く年をとれたら幸せだろうなぁ」と思いませんか。

「一人の女性を幸せにできない人は、二人の女性を幸せにはできない」

こちらは10年以上前に、ある牧師さんのお話しで、聞いた言葉で、今でも心に残っている言葉です。明確な幸せのイメージを持つことは難しいかもしれませんが、「幸せな老夫婦になる」というゴールイメージを漠然とでも持っているのは、夫婦生活を維持する下支えになると思います。

できれば、二人でこのゴールイメージを共有することが小さな夫婦の幸せのような気がします。「結婚とは何か?」に対する2つ目の答えとして、

同じゴールを目指して共に歩いていくこと

でもあるかと思います。

結婚とは決意の機会である

神前(神社)であろうとチャペル(教会)であろうと、神様の前で誓います。今や、クリスチャンでも離婚する時代なので、完全に形式的なものになっていることは理解しつつも、本質の意味を考えて見たいと思います。

神前でも教会であっても、その結婚の誓いとは

神様の前で決心表明

をしています。この誓は教会だと「生涯相手を愛する」と誓います。しかし、もっと別な約束をしているように私は感じます。「愛するだけですか」「愛があれば何もいらない」ということですか。「生涯愛し抜いたら神の前の誓いを果たした」と言えるのでしょうか。神様の前で

何を決意しているのでしょう

それは、

この人と生涯を共にし、幸せになる

ということを神様の前で誓っていると思いませんか。

では、「もしその近いが果たせなかったらどうなるのでしょうか」ということも、考えると恐ろしいことが起きると思いませんか。天罰が下るか、自分の命をもつて償いをしなくてはいけない気がします。

結婚とは、本来これくらいの重大な意味と人としての使命が秘められたことであると思います。

英語にcommit(コミット)という言葉があります。”約束”と訳されることがありますが、

〔~を…に〕委ねる、委任する
~に責任を持つ、~と約束する、~を誓う、~を明言[表明]する
~に全てをささげる、~に全力を傾ける、~に最大限の努力を投じる

https://eow.alc.co.jp/search?q=commit

このような意味を持ちます。つまり、結婚とは

幸せに対してコミットする

ことだと、著者は考えます。これは、人生をかけて遂行する一大事業であり、人の生きがいです。

幸せに対して・・

「責任を持つ」「誓う」「表明する」「全力を傾ける」

コミットという言葉をあなたなら、どう訳しますか。著者は「責任を持つ」が最も適切だと思います。「責任」できることなら負いたくないのが人の性(さが)です。しかし、人は誰しも何かしらの責任を負っていくのが人です。

子供は義務教育を受けます。勉強することが日本国民として生まれてきた子供の追うべき責任です。しかし、それは単なる重荷とは違います。それを背負うことで、成長し、将来の可能性が高まります。

結婚は、幸せに対して責任を負うこと

「責任を負う」という響きは、「なんとなく面倒でやりたくない」という印象がありますが、会社の中で、一番やりがいがある仕事は誰が担っているでしょうか。また、会社の中で一番高い給料をもらっているのは誰でしょうか。

本来、社長業というのは、とてもやり甲斐があり、魅力的な仕事です。しかし、その分、重圧も大きく、責任も重大です。従業員に毎月給料を払い、経営が厳しい状況を迎えても、借り入れをしてでも従業員を飢えさせまいと必死の舵取りをするのが健全な社長です。

著者は、一家の長は、社長業に似ていると感じています。家族を養う責任を負います。そして、家族が気持ちよく過ごせる環境を作り、維持する責任があります。確かに面倒で、ときにやりたくない気持ちも起きます。しかし、この責任を全うすることが、家族の幸せであり、そしてそれが自分の幸せとして帰ってきます。

「社長が一番多く給料をもらうように、一家の長は一番の幸せを手にする」これが著者の持論です。しかし、残念ながら著者を含め、「幸せな家長」の姿を目にすることは少ないです。

しかし、著者は、家族に慕われ「いつもありがとうお父さん」なんて言われなくても良いと思っております。著者は、家族を持ったおかげで、忍耐力がつき、年収アップにもがき、なんとか独立できました。そして、時間の使い方が、昔に比べて効率的に使えるようになりました。また、お金の使い方にも思慮深さが増しました。

べつに、家族に感謝されなくても、過去の自分より人としての総合的な力が付き、幸せになれたと感じます。少なくとも、最低限の責任は家族に果たしてきたので、家族との信頼関係は保たれています。

女性の場合は、会社に例えると専務に当たると思います。社長の指示待ちではなく、自ら考え能動的に社長の目の届かないところを支えていき、時に社長に助言をします。専務は正に会社の女房役です。

夫婦とは、車の両輪のように互いに幸せにおいて責任を負い、どうしたらより幸せになれるかを考え努力する存在と著者は考えます。

結婚とはなにか?

といことで、いろいろ書きましたが、一言で言うなら、男女ともに、

幸せに対して責任を負うこと

です。夫婦は共に、幸せに責任を負えば、

必ず幸せになります。